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第1回「オリンピックと平和」

関 隆志 大阪市立大学文学部教授
(アテネ考古学協会名誉会員・ドイツ国立考古学研究所会員)
ギリシア陶器、パルテノン神殿、オリュンピア遺跡等のギリシア・ローマ考古学専攻

昨年11月25日に長野冬季五輪組織委員会(NAOC)の広報専門委員で、ソウル五輪シンクロナイズド・スイミングの銅メダリストの小谷実可子さんが、国連総会の本会議に登壇して「古代ギリシヤでは平和は尊ばれ、オリンピアでの競技中はあらゆる敵対行為が停止していました」と演説し、長野冬季オリンピック開催期間中の停戦を求める提議は、全会一致で採択されました。「五輪停戦決議」の採択は1993年から始まり今回で4回目ですが、共同提案国数は紛争を抱えるアフガニスタンなどを含め178ヵ国に上り、「五輪停戦決議での新記録」(総会議長報道官)でした(1997年11月26日の朝日新聞、産経新聞参照)。2月7日から長野で始まる冬季オリンピック開催中に地球上から戦火が消えることがあれば素晴らしいことです。しかし、実際は「五輪停戦決議」は法的拘束力を持たないため、アフガニスタンなどが停戦に入るかどうかは保証されていないのです。

写真:アテネのアクロポリス 関隆志撮影
アテネのアクロポリス 関隆志撮影

古代オリンピックは日本がまだ縄文時代だった紀元前776年にオリュンピアで始まりました。オリンピックは最高神ゼウスの祭典として夏至の後の2回目、あるいは3回目の満月の日を中日として4年毎に開かれ、最大規模として西は現在のスペイン、フランス、東は現在のグルジアなど黒海沿岸、南は現在のリビアなど地中海南岸など広い地域から選手が集いました。オリンピックの開催に先立ってオリンピック休戦(エケケイリア)が布告されてギリシア全土のポリス(都市国家)や植民市に伝えられ、選手達は身の安全を保障されてオリュンピアに集まり、個人とポリスの名誉をかけて競技に参加したのです。また選手が大会終了後に無事に国に帰ることができるように、休戦期間は最大で3ヵ月の長さに及んだと考えられています。このオリンピック休戦は参加国に厳しく守ることを義務づけ、その期間中に武力抗争はもちろん、法廷闘争を行ったり死刑を執行することも禁止していました。そして違反した際にはアレキサンダー大王のような権力者といえども、処罰を免れることは基本的にできませんでした。

写真:ゼウス神殿東正面の破風彫刻(部分)
ゼウス神殿東正面の破風彫刻(部分)

20世紀最後の2000年のシドニー・オリンピック、21世紀最初の2004年のアテネ・オリンピックにおいても国連総会で「五輪停戦決議」が採択され続けることが望まれます。そうすれば2008年には停戦決議が古代オリンピックのように拘束力を持ち、世界中の国々に守られるようになるかも知れません。そんな可能性を秘めた2008年のオリンピックが大阪で開かれればどんなにか素晴らしいことでしょう。

[ 語句その他の解説 ]
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